1997年、KYOTO JAZZ MASSIVEの沖野修也はアメリカ在住のジャズ・ギタリスト川崎瞭氏との共演に際し、元モンド・グロッソのメンバー、中村雅人、吉澤はじめ、黒羽康司、堀江健治、そして、ヴォーカリストにMONDAY満ちるを召集する。このプロジェクトは、作業が進行してゆく中で世代を超えたアーティスト間のコラボレーションから、様々な音楽の異種配合を実験する試みにその性格を変化させていった。そこで沖野はこのユニットをCOSMIC
VILLAGEと名付け、音楽製作集団として活動を継続させてゆく事を決意した。
ファースト・アルバム『TRINKETS
& THINGS』(VIDEO ARTS)は、ジャズ、フュージョンにドラムン・ベースやダブといった今日的な要素をブレンドした意欲作となる。
そして、ラテン系ヴォーカリストBELEZAのREMIX「THE
GIFT」(Alfa)依頼を機にCOSMIC VILLAGEのメンバーは沖野、中村、吉澤、黒羽の4人に固定される。このREMIXは基本的には、『TRINKETS
& THINGS』に準じたサウンドのスタイルだったのだが、このREMIXの際に「フューチャー・ジャズ・ミックス」という副題を彼等が用いていた事は注目に値する。
1998年、2枚目のアルバム「NICE
AGE」(Alfa)でCOSMIC VILLAGEは、伝説のテクノ・グループ、YELLOW MAGIC
ORCHESTRAのカバーに挑戦する事になる。実はYMOの存在によって音楽に目覚めた沖野は、十代の頃彼等のヨーロッパでのライブ映像に衝撃を受けていた。MONDO
GROSSOを海外デビューさせた情熱の原動力の源は、YMOへの憧憬でもあった。
このアルバムは、ジャズ、フュージョンとドラムン・ベースの組み合わせというそれまでの手法に加えて、ブレイク・ビーツやロックのエッセンスが取り入れられた。元モンド・グロッソのラッパー、B-BANDJをフィーチャーしたシングル「NICE
AGE」は'98年J-WAVEの邦楽チャート上半期10位のヒットとなり、これは、当時日本のクラブ・ミュージックとしては異例の出来事だった。COSMIC
VILLAGEは数多くのメディアに取り上げられる事となった。
2000年、そして、いよいよ3枚目のアルバム『COSMIC
VILLAGE』(FORLIFE)は、3枚目にして初のオリジナル・フル・アルバムとなり、ポップスとアンダーグラウンド・サウンドの境界を破壊した。シングル「You
can see the light」(FORLIFE)は、激しいトラックとドラマチックなストリングス、そしてメッセージ性の強い歌詞が三味一体となった楽曲で、「Nice
Age」に続くラジオ・ヒットとなった。アンダー・ワールドやジャミロクアイを手掛けたエンジニア、マイク・ニールセンの起用も大きな話題となった。J-WAVEでは週に5度もかかる事があり、TOKIO
HOT 100の最高18位を記録した。また、パトリック・フォージやアレックス・アティアスら海外の大物DJ達もアルバムに収録された曲をラジオ・プレイしたり、DJチャートに挙げるなど予想を超えた反響が拡がっていった。ジャズをベースにしながら、ロックやプログレ、ハウス、ヒップ・ホップ、テクノ、ドラムン・ベース、アンビエント等ありとあらゆる音楽を貪欲に取り入れ、壮大な音空間が繰り広げたCOSMIC
VILLAGE。音楽評論家の若杉実氏は彼等を「21世紀のサンタナ」と評し、その破壊力とスポーティーな感覚を絶賛した。
オリジナル作品で自己のアイデンティティーを表明したCOSMIC VILLAGEは更に新たなクリエーションを志向した。翌2001年、JAZZTRONIKやRECLOOSE、FLYTRONIX、ALEX
ATTIASらがREMIXERとして起用され、オリジナル曲とそのREMIXが共存するという4枚目のアルバム『MIXT
GENERATION』(FORLIFE)が産み出された。このアルバムではヴィジュアルや歌詞の面でも他のクラブ系アーティストには見られない独特なアプローチが試みられた。そのアート・ワークは、メンバーの発案で澤田幸によってデザインされた廃虚風の国会議事堂であった。劇場化した政界、自民党政権の腐敗等、政府を風刺した政治的なスタンスは、音楽シーンで異彩を放っていた。そして、その歌詞においても他の追随を許さない疾走性を内包していた。「WYG2」(FORLIFE)では、遺伝と文化という人間生活の根幹に関わる問題について鋭い考察を詩的に提示した。COSMIC
VILLAGEの歌詞のオリジナリティーは黒羽の知性と吉澤の感性による所が大きい。音楽のみならず、人間工学や科学に造詣の深い黒羽とアーティスティックな才能で作詞家としての顔も持つ吉澤のコンビネーションは、歌詞に重要性を見い出す事が少ないクラブ・シーンでは圧倒的な存在感を誇っていた。
このアルバムを期に、吉澤はじめはソロ・アルバムの制作を開始し、2枚のソロアルバムをリリース。中村雅人は吉澤とともにSLEEP
WALKERとしての活動を、沖野修也は実弟沖野好洋とKYOTO
JAZZ MASSIVEでの活動を本格スタートし、Compost Recordsからのアルバムを全世界リリース。黒羽康司は女性ボーカリストSILVA、キタキ・マユ等のプロデューサーとして名を馳していくこととなる。
沖野がプロデュースする渋谷のクラブ、THE ROOMの10周年を記念して作られたコンピレーション・アルバムでCOSMIC
VILLAGEは沖野が再び指揮を取り、製作の目的に応じて編成を変化させるフレキシブルなユニットとして再始動した。『THE
ROOM 10th ANNIVERSARY』(SONY)では、4HEROに参加経験のあるヴォーカリスト、キャロル・クロスビーとROCKAKONGSのメンバーでKYOTO
JAZZ MASSIVEのサポートでも知られる池田憲一が召集された。最近では、伝説のテレビ・ドラマ『傷だらけの天使』の挿入歌「天使の憂鬱」のREMIX(PONYCANYON)をSLEEP
WALKERの中村雅人と池田憲一が代表メンバーとして手掛けた。沖野はメンバーとしてで はなく映画監督のようにこのユニットに関わり、COSMIC
VILLAGEを動かしている。
今後も新たな人材がこの宇宙空母「COSMIC VILLAGE」から輩出されてゆく事だけは間違いないだろう。
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